新しい会社に入りました(長文)

この度、株式会社ミチという、ちいさなベンチャーに入社しました。

私ふくめて4人の、本当にちいさな会社です。
人手は足りないし、
社長は絶賛資金調達フェーズ。
オフィスはまるでピクニックに来たかのような持ち寄り感で溢れている。
でも惹かれて入りました。

惹かれた大きな理由は、事業内容と事業段階だと思ってます。

◆日本女性の繊細なハンドメイド技術
事業内容の部分です。
場所や時間問わず、日本全国のネイリストさんにハンドメイドでネイルチップをつくってもらい、
お客さんに受注生産で売る。
日本の女性たちが作る可愛らしいデザインと技術を、
ネイルチップを通して日本全国はたまた海外にも伝えることができる。
そこに魅力を感じました。

さかのぼると一昨年、イギリスへ一人放浪旅へいった時。
海外経験乏しい私は、
唯一行った国といえば、友達との韓国・ソウル旅行一度きり。
今回はひとりぼっちで言葉も通じないし道もわからない。
たべものもパサパサしてほとんど味がしない。
夜は老朽化した安宿。
床の軋む音がひどくて寝付けない。
スリに遭うんじゃないかとか、神経過敏状態で街をさまよう私。
そこに街並みたちが見せつけてきた圧倒的な個性。

日本で見てきた一見洋風な街灯、洋風なお店、洋風な◯◯…は
どんなに頑張っても本場の世界観を超えることはできないのかもしれない。
遅ればせながら私は強く実感したのです。

日本に生まれ日本で育ってきた私。
いつかは日本独自の個性を伝えるようなことがしてみたい。
日本の女性の繊細で丁寧なネイルのハンドメイド技術。
その1つにあたると思ったのです。

◆技術はあっても働けない全国のネイリストさん
ミチでお仕事してもらっているネイリストさんには、
自宅サロンをやられている方のほか、
以前はネイルサロンに勤務、でも今は家事や育児などをしなければならないため家から出ることができない方。
つまり技術とすきま時間はあるのに働けない方がいます。
ネイルチップは軽くてコンパクトなので、安価に運搬可能です。
全国津々浦々のネイリストさんにハンドメイドでかわいいネイルチップを
受注生産のため、注文をうけてから実際にお客さんの手に渡るもの、
必要なぶん作ってもらい、お給料をお支払いしています。

場所や家庭の事情関係なく働いてもらえてお給料もお支払いできるというのも、
良いなと感じた部分でもあります。

◆「無いものの方が多い」「とりあえず、やってみる」
事業段階の部分に入ります。
働きはじめてみて。
与えられないから自分でやんなきゃいけないってことの方が多いです。
でも私はここに楽しさを感じています。

いままでいた会社は、大きくて上場もしている会社。
最低限の部分はこちらから催促しなくても与えられていました。
でもここでは社会保険の手続きが後回しにされたり(笑)、
いままで考えたり主張しなくとも良かったもの、
当たり前にスムーズに与えられていたものが、
与えられないってことの方が多いです。

業務においても同じかもしれません。
事業はじめたてホヤホヤ。
社内にノウハウみたいなものがあまり無いです。
やってみて結果みて考える、みたいなことが多いです。
社長がやっていた商品企画〜ディレクションを
引き継いで任せてもらっていますが、
商品ラインナップもやり方もとりあえず自由。
社長がとりあえずやってみるというタイプのせいか、
こういう内容がいいんじゃないか
こういうやり方の方がいいんじゃないか
自分で考えて目の前に座ってる社長に提案すると
ごちゃごちゃ言われることなく、
じゃあ自分でやってみて、
のスタンスなのでとてもやりやすいです。

模索〜行動の過程も楽しく感じます。
自分で模索した上でこうした方が良い、と結論を出して行動できる。
「これをこうやって」と言われてやるわけではないので、
納得したまま前に進めます。
私みたいなひねくれ者にとっては気持ちが良いです。

きっとプロフェッショナルな社会人は、
たとえどんな会社にいようが自分で考えようが与えられようが
納得して前に進んでいくんだろうなぁ。
でも私は感情も行動も万能なタイプではないなってわかりました。
気持ちに左右されやすいという社会人として失格なのかもしれませんが、
そんなタイプなので、相性、特に「こうしたい!」
という気持ちが涌き起こるかどうかが重要なんだとわかりました。

◆愛着が湧けるか
未完成で、変える余地があって、自分からこうした方が良いと思える。
そういう気持ちを湧けるのは、愛着がわくかどうか
なのかなと今のところ思っています。

過去の経験から、
私は愛着を持ったら四六時中あたまの中でぐるぐる考えて寝食おしんでのめり込んでしまいます。
そうなると、次にどうしたいか、がどんどん溢れてきます。
でもどうでも良いと思ったら、びっくりするぐらい無関心で脳が考えるのをやめてしまう。
接するのも億劫だと思うくらい。
もうそこは直せないし直す気はないです。
なぜなら、前者のような馬力は利用するが吉。
バネみたいなもので、後者があるから前者のような気持ちが生まれてる気がしてます。
この前者のような状態になれる環境づくり、もしくは環境を選ぶってことが、
こんなやっかいな自分にとって唯一の救いの道なのだと思います。

愛着を持てている理由をかんがえてみました。
・商品企画からお客様に見せるところまで任せてもらえてるから
・具体的なやり方が自由だから
・ターゲットに共感できる商品だから
・現実の場で実際に身につけるものだから
・デザインの雰囲気に共感が持てるから
・自分がやったことの反応がすぐにわかるから
きっとこれのどれかなんだろうと思います。

◆前職について
とはいえ、前職の方が全然待遇は良いですし、
会社としても、最もつぶれない会社のひとつだと思っています。
社長の経営判断能力が現役である以上、外部環境がどんなに変化しようともつぶれない気がします。
ポジティブで良い人ばかり集まる楽しい会社をやめてしまったなぁと思います。

多くの先輩や上司の方には、
自分の時間を犠牲にしてこんな私にいろいろと教えてくださったり、
本当にお世話になりました。
腹を割って話せる同期は少ない方だったけど、
悩んだ時に話を聞いてくれたり
遊びに行ったりしてくれた同期には本当に感謝しています。

◆文脈への疑問
そんな中、私は前職にいるときずっと、この担当サービスは
私がやらなくても良いんじゃないか、と思うようになりました。

会社に雇われているから。
お給料をもらっていてたまたまそこに配属されたから。
それが、当時の自社サービスを担当している理由でした。
もちろん、担当になったからには、ミッションである売上目標に向けて、ユーザーのみなさんに楽しいと思ってもらえるコンテンツを作れるようにがんばりました。
通常の業務はもちろんのこと、競合のサービスを触ったり。
あとは人ってどういうところで面白さを感じたりお金を使うんだろうと、話題の映画を観に行ったり、テーマパークに行ってみたり、クラブに行ってみたり、人気のカフェに行ってみたり。人が集まりお金を使うような場所に行ったりしました。

四六時中あたまの中にある担当サービス。
でも結局、担当している理由に「たまたま配属された」以外の文脈や、実体験からくる思想なんてないのです。
私は、自分の人生の時間の大半を、自分の文脈上にないもののために使ってゆくのだろうか。
なんだか、自分の人生なのに、自分の人生を生きていない気になってきました。

私が良いなと思ってきた人たちはみな、やっている事業にその人独自の、やっている理由があり、文脈があり、思想がありました。
私が学生時代にインタビュー記事を書かせてもらった、「東京仕事百貨」の中村健太さんや「丸若屋」の丸若裕俊さん、「離島経済新聞社」の鯨本あつこさん、「奨学米」の笠木恵介さん。

あと、高校時代の友人のひとり、孤児院ではたらくこがちん。
それから、ビジネスではないけれど「昼食会」のこんどうてつろうもそう。

大変なこともたくさんあるんだろうけど、その人独自の想いを持って人生を歩んでいるように感じました。

今いる事業と私のあいだの文脈は、いま挙げた人たちに比べたらまだまだ弱いのかもれないけれど、前職よりもだいぶ近くなりました。
が、まだまだ途中過程です。

もちろん、私は前職のような会社もめちゃくちゃ尊敬しているのです。
だって、何もスキルも技術も無い私のようなペーペー社員に、入社直後からお給料をくれて、親に仕送りを送ったり好きなもの食べれるようにしてもらったり、それだけですごいことですよね。何千人もの社員を毎日満足に食べさせられて、はたまたその家族まで養えるなんて、すごすぎる。お金を稼ぐのは大変だ。

でも私は自分の神経を注ぐものには、それでなければならない理由が欲しいのです。
その理由が、執念となり馬力となり、99%まで来たときの残り1%をしぼりだすための原動力になるんじゃないかと思っています。
卓球を5年間やってきて深く感じたことは、
さいごのさいごに勝てるか勝てないかを決めるのは、もはや技術ではなく心だったのです。
最後の最後まで油断しない心、諦めない心、つまり執念深さ。
それが最後の一手を決めるのだとしたら、
これらの強い心は、その人なりの理由や文脈が作り出すものなのではないかと思うのです。

果たして、この考え方が合ってるか合ってないかわからないけれど、
私には人生のノウハウが無いので、やってみて試してみようと思い、今の会社に来た次第です。

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